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学びのフロンティア

清風中学校・高校【第2話】
「昆虫ハンター」の原点 卒業生の牧田習さん

毎日新聞社

 「昆虫ハンター」としてNHKの「ダーウィンが来た!」に出演し、虫の魅力を子どもたちに広めようと活動する清風学園の卒業生がいる。2014年度の卒業生、牧田習さんだ。小学生の頃から級友らとのコミュニケーションは「絶望的に苦手」。虫の世界にこもっていた牧田さんが他者と通じ合う楽しさを知ったのが、清風中の担任教諭との日記の交信だった。【安部拓輝】

西表島で虫を探す牧田習さん=オスカー提供

空白の日記…「虫のこと書けよ」

 入学後の三者面談で、担任の今堀正憲教諭は牧田さんの母から「うちの子、変わってますが大丈夫でしょうか」と相談を受けた。何よりも虫が好きだということを知った今堀教諭は「虫好きなことはすべて受け入れてやろうと思いました」。学校生活の「チェックカード」を受け持った生徒と交わし始めたが、牧田さんは日記の欄に何も書いてこない。今堀教諭は尋ねた。
「なんで何も書いてこないんや?」
「何を書いたらよいのかわからなくて……」(牧田さん)
「毎日、虫のことでもかまへんで」
 このやりとりが牧田さんの背中を押した。今堀教諭の自宅近くの池でゲンゴロウを採ったことを牧田さんがつづると、今堀教諭から「うちの近所に珍しい虫がいるのか。来る時は一声かけて。とってるところを見てみたい」というコメントが戻ってきた。小学校時代、牧田さんは虫のことばかり話すので、うるさがられてケンカになることもあった。「誰もわかってくれないと思っていました」。しかし、今堀教諭は違った。「先生は自分の日記を読んでくれるし、『次は何を狙うんだ?』と聞いてくる。期待してくれるのがうれしくなりました」。
 今堀教諭が1カ月分を冊子にして「目標を三つ立てよう」と呼びかけると、牧田さんは未採集の昆虫名を三つ挙げて行きつけの池に通った。「理科の先生や教頭先生も『牧田、またすごいのを見つけたらしいな』と話しかけてくれた。自分に興味を持ってもらえているのを初めて実感しました」。中2の時、結婚した今堀教諭に牧田さんはプレゼントを贈った。「僕のお気に入りです」と言って渡したのは、全長2ミリ弱のゲンゴロウのつがいの標本だった。「目をこらしても見えないくらいの虫ですよ。どんな価値があるのか私には分からないが、うれしかった」と今堀教諭は懐かしむ。

北海道からニュージーランドへ

 牧田さんの行動範囲は広がり、長期の休みには虫採り網を手に石垣島まで出かけるようになった。北海道にも昆虫の研究者に連絡を取って会いに行ったという。
 高校を卒業して進学した北海道大では入学式もそこそこに虫採りに繰り出した。アルバイトで稼いだお金でフィリピンにも遠征した。授業に出なさすぎて留年が確定したため、1年の後半はワーキングホリデーを利用してニュージーランドで働きながら虫を採っていた。そこで牧田さんはアメリカ出身の研究者と出会った。顕微鏡などを使って新種かどうかを研究し、論文にするプロセスも教わった。
 そして、ついに牧田さんは極小の甲虫であるホソカタムシの新種を見つけた。その虫に牧田さんは今堀教諭にちなむ名前をつけた。「高校で勉強しなくて怒られた時に先生から『新種見つけたら俺の名前つけてくれよ』と言われたんです。先生は冗談だったみたいですが、僕にとっては大事な約束でした」
 牧田さんは2025年3月に東京大学大学院農学生命科学研究科の博士課程を修了した。昆虫博士になる夢をかなえた牧田さんは「虫とり完全攻略本」を出版し、母校を訪ねた。先生たちに本を寄贈し、後輩たちに読んでもらうためだ。

中学時代の牧田さん(右)

 昆虫に魅せられて四半世紀。清風中の先生たちに虫の面白さを聞いてもらう中で牧田さんの視野は世界へと広がり、これまで16カ国で合計9種類の新種を発見した。その一方で、物言わぬ昆虫たちが生息できる環境が急速に失われている現実を目の当たりにしてきた。経済発展によって森林の開拓が進む地域では、森に希少な虫がいたとしてもその存在が知られないまま開発計画が進む。地球温暖化による影響も大きい。
 こうした現実に目を向けて昆虫たちが生きていける環境をどうやったら守っていけるのだろうーー。牧田さんは、今度は自身が子どもたちと交信していきたいと思っている。2022年からは毎月開かれるオンライン授業「キッズウイークエンド」の講師を始め、人気の授業の一つになっている。東京の小学校では総合的な学習の時間に昆虫採取を実演し、採れた虫の生態や環境を解説する授業にも取り組んだ。新たな昆虫と出会う感動の輪を広げ、昆虫を入り口に身の回りの環境を大切にする仲間を増やしていくことが、牧田さんの描く新たな夢だ。

東京大大学院の博士号を手にする牧田さん

 牧田さんと今堀教諭たちのエピソードは、授業で知識を一方的に受け取るだけではなく、自分の体験を書いて伝え、それに共感してくれる人がいることで興味の種が伸びていった事例といえるだろう。言い換えれば、今堀教諭との交信は、どこの大学に合格するかという以前に何を学ぶかを見つける学びを実現した事例だ。
 ただ今堀教諭は、「日記はあくまで生徒と交わる手がかりの一つ」と話す。個人の尊重が重視される時代だが、その一方で互いに干渉せずに人付き合いが薄まっていくように今堀教諭は感じている。そんな関係が教員と生徒の間でも生じうる。「親以外の身近な大人として、人間関係を築く糸口を見つけていくことも私たち教師の大事な役目になってきとるんやないですかね」。今堀教諭はそう問いかけた。

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